図解で学ぶ有限体積法(FVM):CFDの基礎となる計算手法の全体像
CFD(数値流体解析)ツールを操作する中で、計算結果の妥当性を判断したり、解析設定の背後にある意味を理解したりするためには、その核となる数値計算手法の原理を把握することが非常に重要です。本記事では、CFDで最も広く利用されている数値計算手法の一つである「有限体積法(Finite Volume Method: FVM)」について、その基本的な考え方とプロセスを図解を交えて解説します。
有限体積法(FVM)とは何か:CFDにおけるその役割
流体解析では、流れの場における速度、圧力、温度などの物理量を計算によって求めます。これらの物理量は、ナビエ・ストークス方程式などの「支配方程式」によって記述されます。これらの支配方程式は、連続体としての流体の振る舞いを表す偏微分方程式であり、そのままではコンピュータで直接解くことができません。
そこで必要となるのが、支配方程式をコンピュータで扱える「代数方程式(連立一次方程式)」に変換するプロセスです。この変換を「離散化」と呼び、有限体積法(FVM)はその離散化手法の一つです。FVMは、計算領域を小さな「有限の体積(コントロールボリューム)」に分割し、各コントロールボリューム内で物理量が保存されるように方程式を近似します。この特性により、FVMは物理量の保存性を厳密に扱うことができ、流体解析において非常に強力な手法とされています。
[図1:CFDにおける有限体積法(FVM)の位置付け] (CFDの計算フローにおけるFVMの位置、つまり「支配方程式」→「離散化(FVM)」→「連立一次方程式」→「ソルバー」という流れを示す図。FVMが離散化の主要な役割を担うことを強調。)
有限体積法(FVM)の基本概念:コントロールボリュームと物理量保存
FVMの根幹にあるのは、「物理量の保存則」を直接扱うという考え方です。例えば、質量保存の法則は「ある領域に出入りする質量と、その領域内の質量の時間変化は等しい」というものです。FVMでは、この保存則を計算領域を分割した各「コントロールボリューム(Control Volume: CV)」に対して適用します。
コントロールボリューム(CV)の考え方
計算領域は、メッシュによって多数の微小なセル(要素)に分割されます。FVMでは、これらのセル一つ一つが「コントロールボリューム」として扱われます。各コントロールボリュームは、その境界(界面)を通じて隣接するコントロールボリュームと物理量(質量、運動量、エネルギーなど)をやり取りします。
[図2:計算領域とコントロールボリュームの概念図] (2次元または3次元の計算領域がメッシュで分割され、その中の代表的なセルを一つ取り出して「コントロールボリューム」と明示する図。CVの境界(界面)が示され、物理量が出入りする様子を矢印で示す。)
支配方程式の積分形
流体の支配方程式は、通常「微分形」で記述されますが、FVMではこれを「積分形」に変換して利用します。これは、特定の領域(コントロールボリューム)内での物理量の総量を扱うのに適しているためです。例えば、質量保存の法則を積分形で表すと、「コントロールボリュームの表面を通過する質量流量の総和と、コントロールボリューム内の質量の時間変化の和はゼロになる」という意味になります。
[図3:支配方程式の積分形と物理量保存の対応] (コントロールボリューム内で物理量(例:速度成分u)の時間変化、対流による流入・流出、拡散による流入・流出の関係を視覚的に示す図。各項がCVの内部や界面でどのように表現されるかを示す。)
離散化のプロセス:代数方程式への変換
各コントロールボリュームに対して積分形の方程式を適用すると、そのコントロールボリューム内での物理量(通常は重心などの代表点での値)と、隣接するコントロールボリュームとの界面における物理量の関係を示す式が得られます。このプロセスが「離散化」です。
物理量の定義点と補間スキーム
コントロールボリュームの中心(セル中心)に物理量(速度、圧力など)を定義することが一般的です。しかし、界面を通過する物理量を計算する際には、その界面上に直接物理量の値が存在しないため、隣接するセル中心の物理量から「補間」によって界面の値を推定する必要があります。この補間方法を「補間スキーム」と呼び、解析の安定性や精度に大きく影響します。例えば、線形補間や風上差分(Upwind scheme)などがあります。
[図4:セル中心と界面での物理量定義点と補間] (隣接する2つのセルとその間の界面を示し、それぞれのセル中心に定義された物理量(ΦP, ΦEなど)から、界面上の物理量(Φe)がどのように補間されるか(例:線形補間の場合の直線)を視覚的に示す図。)
各項の離散化
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対流項(移流項)の離散化: 流れによって物理量が運ばれる現象を表す項です。界面を通過する物理量を計算する際に、補間スキームが重要になります。例えば、風上差分スキームは、流れの向きに応じて風上側のセルの物理量で界面の値を代表させるため、安定性が高い一方で、数値拡散という誤差を生じやすい特徴があります。
[図5:対流項の離散化例(一次風上差分スキーム)] (隣接するセルと界面、そして流れの向き(矢印)を示し、流れの風上側のセルの物理量(ΦPまたはΦE)が界面の物理量(Φe)として用いられる様子を視覚的に示す図。)
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拡散項の離散化: 物理量が濃度勾配などに従って広がる現象を表す項です。通常、中心差分スキームなどのより高精度なスキームが用いられ、隣接するセルの物理量を用いて界面での物理量勾配を計算します。
[図6:拡散項の離散化例(中心差分スキーム)] (隣接するセルと界面を示し、両側のセル中心の物理量(ΦP, ΦE)から界面での物理量の勾配が計算される様子を視覚的に示す図。)
これらの離散化プロセスを経て、各コントロールボリュームに対する支配方程式は、そのコントロールボリュームの物理量と、隣接するコントロールボリュームの物理量を含む代数方程式へと変換されます。
連立一次方程式の構築と解法
すべてのコントロールボリュームに対して離散化を行うと、未知の物理量(各セル中心の速度、圧力など)の数と同じだけの代数方程式が得られます。これらの式は互いに連動しており、最終的に「連立一次方程式」の形にまとめられます。
この連立一次方程式は、膨大な数の未知数と方程式からなる巨大な行列の形 [A]{φ} = {b}
で表現されます。ここで、[A]
は係数行列、{φ}
は未知の物理量ベクトル、{b}
は既知の項のベクトルです。
[図7:連立一次方程式の構造とスパース行列の概念] (セルがグリッド状に配置され、各セル中心の物理量(Φ1, Φ2, ...)が未知数として並び、それぞれの方程式が隣接するセルの物理量と関連付けられている様子を示す図。係数行列がどのように疎行列(スパース行列)になるかを簡潔に示す。)
この連立一次方程式を解くことで、各コントロールボリュームにおける物理量の値(すなわち、流れ場の状態)が計算されます。この計算を担うのが「ソルバー」です。ソルバーには、直接解法と反復解法がありますが、CFDでは計算規模が大きいため、通常は反復解法が用いられます。反復解法は、初期値を仮定して繰り返し計算を行い、解が収束するまで近似を改善していく手法です。
FVMの利点と注意点
FVMの主な利点
- 物理量の厳密な保存性: 各コントロールボリュームで物理量の保存則が直接適用されるため、計算領域全体での物理量(質量、運動量、エネルギーなど)が厳密に保存されます。これは解析結果の信頼性を高める上で非常に重要です。
- 複雑な形状への適用性: 複雑な形状の物体を含む流れ場でも、非構造格子(三角形や四面体などの不規則なメッシュ)を用いることで柔軟に対応できます。これは、他の手法(例:有限差分法)に比べて大きな利点です。
- 様々な物理現象への適用性: 流体の流れだけでなく、熱伝達、物質移動、反応など、様々な物理現象の解析に適用可能です。
[図8:FVMの利点とメッシュ品質の関係性] (複雑な形状の物体が非構造格子で分割されているイメージ図。格子が粗い部分と細かい部分があり、FVMが様々な形状に対応できることを示す。一方で、格子品質が解析精度に影響を与えることを示唆する注意書き。)
FVMを使用する上での注意点
- メッシュ品質の影響: FVMはメッシュの形状や品質に強く依存します。歪んだメッシュやアスペクト比の大きいメッシュは、計算の収束性や精度に悪影響を及ぼす可能性があります。適切なメッシュを作成することは、高品質な解析結果を得るための鍵となります。
- 補間スキームの選択: 界面での物理量補間に用いるスキームの選択は、解析結果に大きな影響を与えます。安定性を重視する一次精度スキームは数値拡散を生じやすく、精度を重視する高次精度スキームは安定性に課題がある場合があります。解析対象の物理現象や求める精度に応じて、適切なスキームを選択することが重要です。
まとめと今後の学習
本記事では、CFDの根幹をなす有限体積法(FVM)の基本的な概念と、その離散化プロセスについて解説しました。FVMは、計算領域をコントロールボリュームに分割し、物理量の保存則を適用することで、支配方程式を連立一次方程式に変換します。この保存性こそが、FVMがCFDにおいて広く利用される大きな理由です。
FVMの原理を理解することは、単にツールを操作するだけでなく、解析結果の物理的な意味を深く理解し、適切な設定を行う上で非常に役立ちます。今後、より専門的なCFD解析を進める上で、本記事で触れた補間スキームの特性や、連立一次方程式の解法(ソルバー)の種類と特徴、さらには乱流モデルや多相流モデルなど、FVMを基盤とした様々な高度なモデリング手法についても、さらに学習を進めていくことをお勧めします。